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第9回UNDP職員リレーエッセイ「開発現場から」 UNDPブータン事務所 ハジアリッチ秀子さん2012年10月10日 ブータン・モンガー県で衣料店を経営するリンジンさん。家庭の事情で高校を中退。限られた選択肢の中、UNDPが中退者を対象に提供する縫製コースで技術を習得して現在に至る ブータン・タシガン県の線香工場にて。所得創出支援プログラムの参加者の1人。この道具によって業務効率が上がった 元財務省官僚で、現在UNDPブータン事務所オペレーションマネジャーのケサン。組織にとって彼女のような有能な人材は「宝」。いつも冗談を飛ばしている UNDPブータン事務所 国連開発計画(UNDP)ブータン事務所は1979年に開設され、それ以来ブータンと国連は揺らぐことなく関係を深めてきた。日本との関係も深く、過去には2人の常駐代表(弓削昭子氏、村田俊一氏)、同副代表(田中敏弘氏)を始め日本人も活躍してきた。私がUNDPブータン事務所の一職員として昨年11月に着任し各大臣に表敬訪問をした際、彼らが口にするのはいかに国連とブータンのパートナーシップが強く、そして日本人スタッフがブータンの開発に貢献してきたかということだ。正直にいって圧倒された。加えて素晴らしい上司に恵まれ、UNDP で仕事をはじめて約10年、また初心に戻り新鮮にリセットされるような思いだった。 グローバルポリシー発信国:小さくて大きい国 小さくて大きな国、それがブータンだ。現在、グローバルなレベルで「ポスト2015開発アジェンダ(ミレニアム開発目標の達成期限となっている2015年以降の開発目標)」や、持続可能な開発目標はどうあるべきかといった議論がされている中、ブータンの貢献は更に高くなるだろう。ブータン政府が国家の指標として打ち出す国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)は、これまでの開発で無視されがちな、人としての基本的な価値観を尊重し、長期的な視点に立った環境保護、グッドガバナンス(良い統治)が強調されている。GNHのコンセプトは、幸せになることが人の究極の目標とすれば、それが開発の目標であるべきとの信念に基づいている。かつ、物質的な観点からの貧困削減の重要性を後回しにしている訳では決してない。 人間を中心とした開発を重んじるUNDPの人間開発(Human Development)、とりわけ近年の人間開発指数(Human Development Index)からさらに洗練された多次元貧困指数(Multidimensional Poverty Index)とGNH指数の共通点はさらに多い。例えば両者とも人の生活で物質的に何がどれだけ欠けているかという「はく奪(Deprivation)」に重点を置く。GNHは、9つのエリアの下、33の指数から構成されている。従来型の分野では、エコロジー、保険、教育、生活標準とグッドガバナンスが含まれる。さらに素晴らしいのは、文化的な多様性、時間の使い道、心理的な福祉と地域社会の活力のエリアも定量可能な指数をもって測定されている。 痛切な貧困問題 ブータンの観光は、主に外国の富裕層をターゲットとしている。観光コースは、完全に手配されているため、実際のブータン人の暮らしを垣間見る機会は殆どなしである。そのせいか、「幸せ」、「最後のシャングリラ」などのイメージが先走りし、どうしてブータンのような幸せを追求する国に、政府開発援助が必要なのかといった皮肉な声も聞いたことがある。 残念ながらブータンの貧困状況はとても厳しい。人口の23.2%は、貧困ライン(1日あたりの収入1.25ドル= 約100円以下)以下で生活をしている。そのほとんどは、奥地に集中しており、とりわけ女性の貧困者が多い。こうした背景からブータン政府は、特に女性や若者の所得をうみだす活動を促進するための、小規模産業を活性化に向けてがんばっている。UNDPの資金や技術支援の下、経済開発政策(EDP)が制定された。これは、事業や投資を促進するため、財政的インセンティブも含めた、環境つくりにも重心を置いている。 UNDPとブータン政府との提携で、雇用創出、農村部を主とした工芸職人の支援を目的とした、小規模産業の振興も支援されている。小売店の購買コンソーシアムを通し、効果的なマーケティングを促進するため、首都ティンプーの中心部に、クラフトバザールも設立された。主なターゲットは観光客。その目に見えない裏側では、農村部の女性たちが、貧しさから独立するためトレーニングを受け、工芸品や織物などを一生懸命作っている。 また、田舎での雇用の機会を増やすための生産能力を向上させる必要がある。スイスと同じサイズのブータン、殆どの地域は富士山を5合目よりうえの高度に位置しており、人口は散在している。プロジェクトサイトを視察するのに、車で2日、そのあとさらに歩いて3日、片道で合計5日かかる場合も珍しくはない。UNDPが協同組合や農民の支援協会の立ち上げをブータン政府の農業森林省経由で支援したのも、こういった背景がある。 インドからの石油の輸入は輸入総額の15%を占め、石油価格や将来の価格高騰は経常収支に影響を与える可能性がある。仮に輸送コストや消費財のコストと穀物が上昇すれば、貧困と所得分配の不平等をますます悪化させる可能性がある。近年では、夢と新たな機会を求めて田舎から都心に向かって移動する人が増える反面、実際のところ雇用の機会も限られているため、都市部を中心とした新しい貧困層も広がっている。 物価は決して安くない。実際、週末に市場に行って野菜果物の買い物をすると軽く2000ニュートラム(日本円で3000円程度)はする。赴任したばかりのフランス人の同僚も野菜のアイテムによっては母国並みの値段がすると話していた。ブータンの人たちはどうやってやりくりしているのだろう。子どもたちを充分に食べさせるごはんはあるのだろうか、などと考える矢先、ブータン人の運転手さんがわざわざ家まで、ニコニコ顔で大きなかぼちゃをひとつ届けてくれた。おすそわけだ。ブータンにいると心が温まる。脱帽。 人の幸せを優先しているからとか、笑顔満面の国だからODAを供与する必要性がないと言ってブータンを罰するのは、もっともアンフェアな話である。 ――― ハジアリッチ秀子 ブータン事務所副代表。 2002年よりボスニアヘルツエゴナ事務所、イラク事務所、ニューヨーク本部政策局を勤務の後、現職。Masters in Public Administration ハーバード大学、Masters in International Studies フィリピン大学、文学士(社会学)同志社大学から取得。 |