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人間開発報告書2004年版─この多様な世界で文化の自由を
移民の新しい波は、強制的な同化ではなく、多文化主義をもって迎えるべきである

ブリュッセル、2004年7月15日―

 国連開発計画(UNDP)の『人間報告書2004』は、移民について、出身国との結びつきを保ちながら、同時に移住した国の完全な一員となることを認められるべきである、と論じている。

 「アイデンティティはゼロサム・ゲームではない」と本報告書の執筆主幹、サキコ・フクダ・パー氏は語る。「移民の集団によっては、自らの文化的アイデンティティを保持することを望むものもあるかもしれないが、だからといって、新しい国への忠誠心を育むことができないということにはならない。」

 報告書は、ここ数十年間に、西欧および北米諸国への移民が急増したことを指摘している。たとえば、今やトロントとロサンゼルスの人口の半分、またロンドンの人口の4分の1は移民が占めている。

 インターネットが普及し、手ごろな価格で飛行機を利用することが可能となり、長距離電話の価格が低下した現在の移民は、過去の世代の移民とは異なっている。つまり今日の移民は、出身国およびその文化と緊密なつながりを保つことが可能であり、このことが今度は、受入国による移民の管理方法を変化させている。報告書は、各国は国民に対して、複数の互いに補完し合う文化的アイデンティティを認めるべきであり、それは国家統一の脅威とはならない、と述べている。本書執筆陣は、多くの先進諸国でみられる移民のさまざまな集団と彼らの文化に対する、民族主義的な反感や排他主義的な対立の拡大について検証している。

 国家にとって今後の課題は、差異や多様性の尊重と国家の統一という目標を包括的に達成する政策を編み出すことである。そのためには、寛容や文化的理解を促進するばかりでなく、具体的には、宗教的慣行、服装、二重国籍などの問題を受け入れることも求められる。さらに、移民に対して、言語教育や職業紹介など、社会への同化に向けた積極的な支援を提供することも求められる。

 本報告書は、「人の国際移動により、技能、労働力、思想がもたらされ、人々の生活は豊かになる」と指摘している。

 少子・高齢化が進んでいる欧州諸国では、2050年までに移民の受け入れ数を倍増しなければ、現在の人口を維持することすらできない。

 人口移動が増加するなか、政府は、さまざまな移民集団と、移民の制限を求める人々の双方に対する対応を迫られている。移民をめぐる議論は、時代に逆行した反応を引き起こすことが多い。それは、国家の伝統の保護という名のもと、国に対する外部の影響を遮断することを要求するような、極端な民族主義、さらには排外主義とさえいえる。

 移民が「国家」の価値観への脅威になると主張する人々の論拠は次のとおりである。

移民は同化せず、受け入れ国の中心的価値を拒絶する。
受け入れ国の文化と「異質の」文化は衝突し、必然的に社会的紛争につながる。
移民の文化は、後進的かつ独裁主義的なことが多く、それらの文化を包含することは、民主主義の弱体化と、経済的進歩の遅滞を招きかねない。

 これまで国家は、移民に対して「差異主義(differentialism)」と同化という2つの手法を用いて対応してきた。前者は、1960年代から70年代にかけてのドイツや今日のサウジアラビアのように、受け入れ国の人々と新参者である移民との間に明確な境界線を保ち、彼らの集団を別のコミュニティとして扱うものである。一方後者は、米国の「人種のるつぼ」の精神が示すように、移民がより「自分たちのように」なることを求めるものである。

 報告書は、これらの2つの手法について、「今日の多様な社会においては、差異への尊重と結束への取り組みを築き上げる必要があり、不十分である。」と主張する。廉価な国際通信と移動手段により、移民が出身国との接触を保つことははるかに容易になった。報告書は、多文化主義が「多様性の価値を認識し、複数のアイデンティティを支持する、移民融合のための第三の手法」であるとの考えを示している。しかしその一方で、「多文化主義とは、社会内部の異なる価値体系および文化的慣行を認めるにとどまらず、人権、法の支配、ジェンダー平等、多様性と寛容といった、核心的で妥協できない価値観に対し、共通の取り組みを行うことでもある」と指摘している。
 そのための解決策とは、移民を禁止したり、多様性を制限することではなく、より包括的で多様な社会を築き上げることである。紛争を引き起こすのは、文化的アイデンティティの抑圧であり、多様性それ自体ではない、と報告書は論じている。

 「地域のアイデンティティの保護か、移民、外国映画や知識、資本などの国際的な流れに対する開放的政策か、いずれかを選択する必要はない」とサキコ・フクダ・パー氏は語る。「新しい人々、文化、思想に対して国境を開放する一方で、同時に国家のアイデンティティを保護し、選択を狭めるのではなく拡大するような政策をつくることこそが、今後の課題である。」

以上

本報告書について: 1990年以降、「人間開発報告書」は国連開発計画 (UNDP) の委託を受けて毎年作成され、独立した専門家チームが世界的に注目される主要な問題を検討してきた。学界、政界、市民社会の指導的立場の人々による世界的な諮問ネットワークが、本報告書で発表される分析と提言を支持するために、データ、見解、最善の慣行を提供している。人間開発の概念は、人間の進歩の尺度として1人当たり所得、人的資源開発、基本的ニーズを超えたところを見据え、人間の自由、尊厳、人間の活動などの要素、すなわち開発における人々の役割も評価する。『人間開発報告書2004』は、開発とは、単なる国民所得を上昇させることではなく、最終的には「人間の選択肢を拡大するプロセス」であると論じている。

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